テレワークで経営者だけが知っておくべきこと~ITよりも労務管理に注意
本稿は、経営者向けの記事です。
新型コロナウイルス対策による緊急事態宣言で、急遽、テレワークを始めた会社の経営者が知っておかなければならないことがある。
テレワークをするために、資料やパソコンの持ち出しのための検討ばかりをした会社は、特に要注意である。
なぜなら、テレワークは、会社にとって、IT部門や総務部門が担当する情報管理やIT管理の課題であるばかりではなく、人事部門が担当する労務管理の課題でもあるからである。
今回の対応で、従来から裁量労働制などになっていなかったのに、「なんだ、テレワークって思っていたより簡単にできたな。」と思っているとすると、ここで紹介する問題に陥りやすい。
ここでは、文面を読みやすくするために、会社と書くが、会社ではない機関などでも同じである。
その場合は、文中の会社を機関、社員を職員などに読み替えて読んでもらうとよい。
勤務形態と就業規則
まず、テレワークの前に、そもそも、勤務(就業)とはなんだったのかを見返してみる。
勤務とは、決められた就業時間、決められた就業場所で、決められた仕事内容(就業内容)をすることである。
そして、これらの決め事は、就業規則で定めており、変更するには、就業規則を改定しなければならず、就業規則の改定は労働基準監督署に届け出なければならない。
就業規則の作成義務がない規模の会社でも、労働条件通知書での社員への通知が必要だ。
よって、どんな会社であっても、変更するには、何らかの書面の改定をする必要がある。
実際にも、厚生労働省が出している「テレワークではじめる働き方改革ガイドライン」の中で、以下のとおり、テレワークの導入には、就業規則等の改定が必要であるとしている。
テレワークを導入する場合には、就業規則などにテレワーク勤務に関して規定しておくことが必要です。(中略)テレワーク勤務に関する規定を作成・変更した際は、所定の手続を経て、所轄労働基準監督署に届け出ることが必要です。 例えば、テレワーク勤務について、就業規則に次のことを定める必要があります。 ●テレワーク勤務を命じることに関する規程 ●テレワーク勤務用の労働時間を設ける場合、その労働時間に関する規程 ●通信費等の負担に関する規程 なお、就業規則の作成義務がない会社では、前述のことについて労使協定を結んだり、労働条件通知書で労働者に通知することが必要です。 |
テレワーク導入は段階的に範囲拡大するのが基本
テレワークには、在宅勤務、モバイルワーク、サテライトオフィス勤務の3つの形態がある。どれか1つでもよいし、組み合わせてもよい。
テレワークを始めるために、最初にすることは、対象者、対象業務、実施頻度の3つの範囲を検討することである。
会社の業務・業態と社員の職種に合わせて、適した形態を選び、解決できる課題から取り組み、それぞれの実施範囲を段階的に順次拡大していくのがよいとされている。
しかし、緊急事態宣言を受けて、急遽、テレワークを始めた会社は、その目的が人との接触を減らすことから、在宅勤務を選んで、これら3つの範囲をいっぺんに開放したような状態になっていることが考えられる。
それだと、就業条件である、時間、場所、仕事内容のうち、場所だけの変更になると思うかもしれない。
しかし、就業時間の管理は、以下のいずれかで管理することになる。
●所定労働時間制
○通常の時間管理制(労働基準法第32条)
○フレックスタイム制(同条の2,3,4)
●みなし労働時間制
○事業場外みなし時間労働制(同法第38条の2)
○裁量労働制(同法第38条の3と4)
上記の中からの選択であることを踏まえて、テレワークについて考えてみる。
テレワーク中の就業管理
就業時間というと、規則に定められているので、社員がその時間に出勤する義務が一方的にあるだけだと思っているかもしれないが、それは雇用契約上の義務である。
労働基準法の観点からすると、会社が社員の就業時間を管理する義務がある。
管理というと上から目線だが、社員を縛るためのものではない。
社員が安全に労働できている状態であることについて、会社に責任を持たせるためのものでる。
したがって、法律上、会社が社員の就業時間を把握する義務があり、それは労働者を守るためにある。
テレワーク前が、通常の時間管理制だった場合には、たとえば、朝9時出勤で夕方6時に退勤、昼休みは12時の前後15分以内から1時間などの場合には、在宅勤務でも同じ勤務をしなければならない。
これを就業規則等の改定なしで変更することはできない。
オフィス勤務での昼休みは、弁当か外食、社員食堂の利用が想定されていると思うが、在宅勤務で食事を調理するなら、昼休みの1時間内に収めないといけないことになる。
また、家で子どもの面倒をみながらの在宅勤務であれば、子どもの世話をしている時間は、勤務を怠っていることになる。
簡単にいうと、オフィスに子連れで来て子供の世話をするのと同じ扱いになる。
みなし労働時間制には、事業場外みなし時間労働制がある。
派遣先常駐などで社員の就業状態を直接把握することが困難な状況に選択されるものである。
その点では、在宅で仕事をすると、直接把握できない状況と思うかもしれないが、法律上は以下の条件が含まれている。
●パソコンが使用者の指示で常時通信可能な状態ではないこと
●作業が随時使用者の具体的な指示に基づいて行われていないこと
そのため、在宅でインターネット接続したパソコンの使用を求めていたり、勤務中に作業指示をしたりする場合には、事業場外みなし時間労働にすることはできない。
時間管理制でも、勤務の中断という規程を設けることはできるが、たとえば、1時間ごとに5分間休憩を取ることなどを想定したものであり、子どもの世話などの偶発的なことを想定しているものではないため、在宅勤務にはあまり適していない。
テレワーク中の就業時間
以上のことから、パソコンをネット接続したり、作業を随時依頼したりする在宅勤務では、時間管理制以外の選択としては、フレックスタイム制か裁量労働制になる。
しかし、時間管理制だったものを、フレックスタイム制やみなし労働時間制に移行するには、規則等を事務的に改定する以上の検討が必要になることは容易に想像がつく。
時間管理制から、それらへ移行するための検討ですぐに思いつくのは、社員の業績評価基準の見直しや、その結果の管理職への周知・教育などの事業面のことがあると思う。
それらの課題は、事業部門が想像を働かせれば洗い出していけると思うので、ここでは、見落とされがちな課題を紹介しておく。
在宅での勤務になると、何が就業で、何は就業でないのかの区別の線引きが難しくなる。
その点では、通常の時間管理制は、定めた時間帯の中か否かで判断でき、線引きはいくらか単純になる。
オフィス勤務のフレックスタイム制では、時間は自由だが、オフィスに出勤している間が就業となり、こちらも線引きはできている。
しかし、テレワークでのフレックスタイム制や裁量労働制は、極端に言ってしまえば、社員が就業だと思ったことは就業になる可能性がある。
社員が、夕方にいったん仕事を終えた後で、夜になってからふと気になって、パソコンで会社のメールを読んだら、就業になるのかという問題である。
それが深夜時間帯でフレックスタイム制ならば、深夜残業をしたことになる可能性もある。
残業は、会社からの指示によってのみ本来は発生するが、黙示の指示があった状況とされれば、残業になる可能性があるのである。
そのようなことを会社が把握しなければならないという義務は、本来はとても難しい。
そこで、段階的にテレワークを導入する場合には、テレワークは社員の希望や選択で実施するという建付けから始めることが多い。
先述したとおり、会社が就業状態を把握する義務は、社員を守るためにある。
そのため、その社員が希望して実施するということにすると、会社が社員に強制したことではないということにしやすいからである。
その意味では、今回の緊急事態宣言の前から在宅勤務を導入していた場合も、オフィス勤務をすることができるが、「在宅勤務をしてもよい」という状態だったとすると、今回の宣言への対応で「オフィスではなく在宅で勤務してください。」という指示は、それ以前の在宅勤務と異質になっていることについて再確認の必要がある。(が、再確認の内容については、字数の関係で触れないことにする。)
テレワーク中の労災
フレックスタイム制や裁量労働制にしているのに、社員がしていることが就業か否かの線引きがなぜ必要になるかというと、労災保険適用の判断がひとつの理由である。
たとえば、オフィス内でトレイに行く途中に転んで怪我をすれば、基本的には労災になる。
しかし、それが在宅勤務中だとしたら、どう判断するのかということになる。
以下の事例がある。
自宅で所定労働時間にパソコン業務を行っていたが、トイレに行くため作業場所を離席した後、作業場所に戻り椅子に座ろうとして転倒した事案は、業務行為に付随する行為に起因して災害が発生しており、私的行為によるものとも認められないため、業務災害と認められる。 |
時間管理制であれば、朝9時から午後6時までなら、業務災害になるということである。実際にも、その時間帯は勤務に専念してもらっていることになるので当然といえば、当然だ。
しかし、フレックスタイム制や裁量労働制のときには、時間帯では決められないことになるので、どう取り扱うかには検討が必要である。
ちなみに、トイレ休憩で離席することは、法律上は生理現象として勤務時間から除外されない。
トイレ休憩ではなく、トイレ勤務ということだ。
一方で、喫煙は、法律上は生理現象として認められておらず勤務をしていないことになる。
したがって、タバコ休憩ではなく、タバコさぼりという違いがあることは、あまり知られていない。
喫煙者からすると、「いや、喫煙室での会話は仕事だ。」と言い出しそうだが、それなら、おやつ室があってもよいじゃないかとかいう話しも字数の関係で触れない。
家の中で転んで怪我をする人は少ないかもしれないが、急遽始めたテレワークを在宅勤務にしっかりと限定しておらず、モバイルワークによるテレワークやBYODをあいまいに認めてしまっていると、歩きスマフォでの事故などの可能性がある。
怪我まではしなくても、会社のメールを見ようとして、私物のスマフォを落として壊れることはあるかもしれない。
そのようなことに備えるためには、「テレワークをしてもよい」のではなく、テレワークを在宅勤務に限定した上で、BYODや定めた以外の勤務をしてはならない。とあらかじめ具体的に決め、なおかつ周知しておくことが不可欠になる。
歩きスマフォをしてはいけない。というためには、移動中は業務をしてはいけない。という覚悟が必要だ。
移動中にもメール連絡はとりたいが、歩きスマフォは禁止するというのでは、つじつまが合わない。
以上のような観点も含めて、労務管理としては、勤怠管理、在席管理、業務管理をしなければならないとされている。
テレワーク中の環境整備
また、テレワーク時の作業環境管理の義務もある。
近年、オフィスでは、「VDT作業における労働衛生管理」に対応したことが記憶にある人も多いと思う。
たとえば、パソコン画面は500ルクス以下、書面及びキーボード面は300ルクス以上の照明として明暗差をなくすなどの照度基準や、椅子と机とパソコンの高さの確認をして、必要に応じて改善をしたはずである。
在宅勤務においては、オフィスで定めている労働衛生管理と同等のことが会社に求められている。
照度確認だけでも、社員ひとりひとりの家庭の確認をするのは、少なくない作業である。
テレワーク中のコスト負担
さらに、テレワーク時のコスト負担がある。
先述した環境整備は会社の義務だから、基本的には、会社にコスト負担の義務がある。
それ以外にも、家で仕事をするために必要になるものがある。
書面での作業であれば、家で使う文房具のコストくらいでわかりやすい。
紙の書面がないクラウドサービスで社員のパソコンやスマフォを使わせるなら、そのコストがある。社員のものを使わせずに、会社のパソコンを貸与する場合であっても、通信回線のコストなどもある。
社員がもともと常時インターネット接続する契約をしていれば、在宅勤務によって追加の支出が発生していないはずであるが、もともとそうでなかったと言われれば、誰が負担するかを決めておかなければならない。
また、在宅で勤務するための光熱費のコストもある。
特に一人暮らしや、共働きなどで、平日の日中は家に人がいなかった場合には、在宅勤務によってエアコンの電気代の追加支出が必要になるかもしれない。
通信費や光熱費については、テレワークをする場合には、手当として要否を検討し、「あらかじめ」定めておく必要があるとされている。
手当をあらかじめ定めておかなかった場合は、手当を払わなくてよいということになるかというと、そうではなく、むしろ逆である。
就業のために発生した支出なのであれば、手当を出すのが基本になるという可能性がある。
電気代については、夏場のエアコン代は少なくない支出になる場合がある。会社に行っている間は、エアコンを使っていなかったとすると、2倍近くに増える可能性もある。1日7時間寝て17時間起きているとすると週に約120時間起きてることになる。一方で、平日の日中に在宅勤務すると、通勤時間の分も在宅になり、1日10時間家に居る時間が増えるとすると週に50時間家に多くいることになる。単純に計算すれば、家にいる時間が週70時間だったものが120時間になる。
先にも述べたが、テレワークを順次拡大しながら導入するなら、在宅勤務条件として、これらのコストの本人負担があっても在宅を希望する人などから導入を始めることができる。
希望者に対してであれば、「光熱費や通信費などの手当てがないですが、在宅での勤務を希望するならば、在宅勤務をすることができます。」という導入ができるということである。
テレワークに必要な社内ルール
以上で説明したこと以外にも、「テレワーク勤務に必要な社内ルールづくり検証項目チェックリスト」では、以下のことが示されている。
「テレワークしてもよい」と「してください」の違い
今回の緊急事態宣言では、政府や自治体は、「なるべく、在宅で勤務してください。」と市民に要請した。
これに応じて、会社が社員に「在宅で勤務してください。」と指示した。
なんとなく、在宅勤務を指示したのは、会社ではなく、政府や自治体であるような流れになっている。
しかし、上記のように書き改めてみると、指示したのが会社であることは明らかだろう。
テレワークについてITなどの情報管理の課題は、誰が指示したかによって違いはないものの、労務管理の課題は、違いがあることになる。
つまり、「テレワークしてもよい」と、「テレワークしてください」とは労務課題としては、抜本的なところで異なることを踏まえつつ、現状のテレワークが、「なんだ、テレワークって思っていたより簡単にできたな。」と思う事なかれと老婆心ながら紹介した。
詳細については、参考資料のリンク集を下記に用意しておいたので、そちらを参考にするとよい。
テレワーク導入のための社内規程類の改定に関して、ここまで読んでもよくわからなかったなんてことはないはずだ・・・が、コンサルティングについて オフィス四々十六 に相談してもいい。(ぺこぱ風)
注:本稿は、経営者向けの記事です。社員が読んで「え?在宅勤務に必要な照明器具とか椅子とか電気代って請求できるんだ!」などと悪知恵をつけてはいけません。。。
参考資料(リンク先は2020年4月時点)
厚生労働省
●働き方・休み方改善ポータルサイト → 参考資料 → テレワーク-資料
○テレワークではじめる働き方改革 テレワークの運用・導入ガイドブック [PDF]
Ⅱ 実践編 第4章 テレワークのためのルールづくり
○テレワーク導入のための労務管理等Q&A集 [PDF]
○テレワークモデル就業規則~作成の手引き~ [PDF]
国土交通省
○THE Telework GUIDEBOOK 企業の為のテレワーク導入・運用ガイドブック
6章 テレワークに関する社内ルール作り [PDF]
図表6-2 テレワーク勤務に必要な社内ルールづくり検証項目チェックリスト
総務省
●テレワーク情報サイト → ガイドブック
○情報システム担当者のためのテレワーク導入手順書 [PDF]
第4章 ルールの整備 2.労務管理
○在宅勤務ガイドライン [PDF]
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