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2016年3月18日 (金)

報道機関の失策から学ぶ,個人情報の保護と利活用のバランスから両立への転換

個人情報の保護と利活用について、バランスを取るという表現をかつてしていたが、最近は、バランスではなく両立という表現にすべきだろうと思っている。それについて、失策とも思える事例から学ぶことができた。

2016210日に新聞協会主催で「個人情報保護改正と報道の自由~国民の知る権利は脅かされるのか」という公開シンポジウムが開催されたので聴講してきた。

パネルディスカッション形式で、記者、大学教員、個人情報保護委員会事務局が発表と意見交換をした。

パネルディスカッションの内容は、順不同だが、記者の主張は、おおまかに言うと、現行法において個人情報の第三者提供同意取得について、報道機関は義務を除外されているのに、取材先がそのことを知らないので、情報提供を拒否され取材に支障がある。ということだ。

それについて、個人情報保護委員会は以下の法条文を示して、報道機関はちゃんと除外されているのだから、その誤解をなくすようにしていきたいと協力姿勢を示した。

(適用除外)

個人情報取扱事業者等のうち次の各号に掲げる者については、その個人情報等を取り扱う目的の全部又は一部がそれぞれ当該各号に規定する目的であるときは、第4章の規定は適用しない。

一 放送機関、新聞社、通信社その他の報道機関(報道を業として行う個人を含む。)報道の用に供する目的

二~五(略)

2 前項第1号に規定する「報道」とは、不特定かつ多数の者に対して客観的事実を事実として知らせること(これに基づいて意見又は見解を述べることを含む。)をいう。

3 第1項各号に掲げる個人情報取扱事業者等は、個人データ又は匿名加工情報の安全管理のために必要かつ適切な措置、個人情報等の取扱いに関する苦情の処理その他の個人情報等の適正な取扱いを確保するために必要な措置を自ら講じ、かつ、当該措置の内容を公表するように努めなければならない。

さらに、個人情報保護委員会の権限の行使の制限でも除外されていることを紹介した。

(個人情報保護委員会の権限の行使の制限)

43条 個人情報保護委員会は、前三条の規定により個人情報取扱事業者等に対し報告若しくは資料の提出の要求、立入検査、指導、助言、勧告又は命令を行うに当たっては、表現の自由、学問の自由、信教の自由及び政治活動の自由を妨げてはならない。

2 前項の規定の趣旨に照らし、個人情報保護委員会は、個人情報取扱事業者等が第76条第1項各号に掲げる者(それぞれ当該各号に定める目的で個人情報等を取り扱う場合に限る。)に対して個人情報等を提供する行為については、その権限を行使しないものとする。

記者からの発表では、個人情報に関係する情報の提供を受けても、それについてプライバシーを侵害するような報道内容にならないようにした事例が紹介された。それについて細心の注意を払っているのだから問題なく、このような情報が提供されないことで有益な報道に支障があることは問題だと主張した。

このやりとりには少し違和感を感じた。

それは、義務を除外されているから情報を提供するよう頼むのではなく、もらった情報の取り扱いに細心の注意を払うことを相手にちゃんと説明して、情報を提供してもらえばよいのではないか?と。

このパネルディスカッションに登壇するような記者は、報道する際に、個人情報の保護にも留意し、プライバシーの侵害がないような報道をこころがけているに違いない。しかし、すべての記者が全員そうだと言い切れるのだろうか。

パネルディスカッションの中では、もうひとつ興味深いやりとりがあった。

大学教員が、自分の講座の受講生に学外合宿の案内をメールで送りたいので、大学の教務課に学生のメールアドレスをもらいにいったら、個人情報保護の観点で渡せない。と言われ呆れたという話しを披露していた。

これに対して、個人情報保護委員会からのパネリストは、「それは法律を誤解している。教務課が教員に大学業務のために情報を渡すことに規制はない。教務課に一言物を申し上げたいくらいです。」と返して、場内の笑いを取っていた。

これには完全な違和感があった。この教員は、教務課からメールアドレスの入手を試みるのではなく、学外合宿の案内文を作成し、教務課にそれを学生に送信してもらうように依頼するべきだろう。それをまずしたのか?を問うのが、個人情報保護委員会が確認するべきことだろう。

ほとんどの場合、個人情報の入手は、何らかの目的を遂行するための手段でしかない。その目的遂行のために、個人情報の移転が極力生じない手段を考えることが重要だ。安易に、個人情報を入手しようとする人は、個人情報を軽率に扱おうとしている傾向にあると思う。

教務課は、そんな意識のこの教員にだからこそ、「個人情報保護の観点で渡せない。」と対応したのかもしれないとさえ思えた。実際には、上記のような別の手段を思いつかなかっただけで、意識が低いということはないだろうとは思うが。。。

これらの問題で共通することは、法律上、個人情報の第三者提供を本人同意なくできるとしても、情報の保有者が、嫌だと思えば、提供はされない。すなわち、本人同意なく第三者提供できるのであって、提供しなければならなくなるわけではない。

どういうときに、嫌だと思うかといえば、安心できない場合だろう。こいつに提供したら、後から本人からの苦情がくるようなことになりそうだと思えば、安心できない。そうなれば、提供できるが提供しないと判断することになる。

記者は、情報の提供を個人情報保護法の制約を理由に断られており、その制約から報道機関が除外されていることを国はちゃんと周知してくれないと困るという苦言を示したが、提供者に、「情報を提供したいのは、やまやまだけれども・・」と前置きされたのだろうか。そうでないとすれば、「あんたのことは信用できないから嫌だ」と言う代わりに、手っ取り早く、制約を理由にされているということはないだろうか。

安心してもらうには、ちゃんと保護することを信じてもらうことが必要だ。ちゃんと保護することで提供してもらうことができ、利活用することができるようになる。

つまり、保護するから利活用ができるのであって、保護されなくすることで利活用しようとする発想は根本的に間違っている。個人情報の保護と利活用は、バランスさせるのではなく両立させるように取り組まなければならないのである。

その観点において、個人情報保護法改正で報道機関は不幸なことになってしまったかもしれない。パネルディスカッションで記者が発表したような注意を払っているならば、それを怠っていないことについては、個人情報保護委員会に対して胸をはって報告をし、必要なら正々堂々と立ち入り検査も受け入れればよかったはずだ。報道機関がプライバシー侵害を抑えることについては、自己宣言だけではなく、第三者機関からも監視されており問題があれば指導もされると言えば、安心を得やすかっただろう。

しかし、委員会のそれらの権限行使から除外されるところに身を置いてしまうと、情報の提供者に安心感を与えることは、むしろ難しくなってしまったのではないだろうか。

もしも、このような除外を報道機関が、自ら求めたのであれば失策と言えるのではないだろうか。

報道機関ではない民間事業者は、このことから学ぶべきことはなんだろうか。

民間における個人情報利活用に必要なのは、保護の義務を低減してもらうことではない。そのような低減を求めるのではなく、個人情報を適切に保護し、その利用においてプライバシーを十分尊重していることをわかりやすく説明し、それらの実施について第三者機関から検査されても遜色ない状況にあることを理解してもらうことで、安心してもらうことができるようになってこそ、利活用ができるようになると考えて取り組むべきだろう。

だから、保護と利活用は、バランスではなく両立させると明確に宣言するのがよいと思う。

3月 18, 2016 |

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