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2008年9月10日 (水)

「事故前提社会」は誤用である

「次期情報セキュリティ基本計画に向けた第1次提言」等に関する意見の募集に、先日意見を提出してみた。

それは、この基本計画で初期から用いられている「事故前提社会」という言葉についてだ。
言葉の意味としては、「事故を前提とする社会」ということになる。
事故の発生は想定しなければならないが、前提とするものではないはずだ。

想定と前提では意味が異なることは、「性善説を前提にして性悪説を想定する」でも紹介したとおりだ。

正しくは、「事故想定社会」又は「事故対応前提社会」だろう。

そこで、以下のとおり意見を提出してみた。

意見内容:

「事故前提社会」とういう表現について、「事故想定社会」に改めるべき。

理由:

「前提」とは、「物事を成す土台となるもの」などが一般的な意味である。
社会を成す土台が事故であるという語法は明らかな誤用である。
本文中では、たびたび、事故が発生するのは仕方がないと言うわけではないという趣旨の説明を繰り返しているが、その場合の正しい日本語は「想定」である。
「事故前提社会」の意味として誤解しないで欲しいとして、上記の趣旨の説明をしているが、そもそも、自らが間違った用語を使っておきながら、誤解しないで欲しいというのは、馬鹿げている。
正しい用語を使えば、誤解は誤った用語を使う程には生じない。

社会を成す土台が事故であると主張するのでなければ、言葉を改めて、「事故想定社会」などの正しい日本語表現とすべきである。

この誤用は、貴センターのすべての資料等に従前からあるものであるが、新規のものについて訂正をはかるべきである。
誤用しておきながら、いったん使ったものだからという理由で、誤用をそのまま訂正せずに、日本語の意味を不当に異なるものにすりかえた解釈を強いることは、健全な社会を標榜しようとする立場として許されることではない。

情報セキュリティにおいてPDCAなどのマネジメントシステムの構築を促しておきながら、自らが「見直し」もできないということのないように、十分な確認をお願いしたい。

意見書として提出した「事故想定社会」は、あくまで一例ではある。

6文字で正すならば、「事故想定社会」と言うべきだろう。
「前提」ではなく「想定」という言葉ではインパクトが弱くなるとして「前提」を残したいのならば、意味を正して、「事故対応前提社会」などのように、「事故」を前提とするのではなく、「事故に備えた何か」を前提とすればよいだろう。

「事故前提社会」という言葉がどのように使われてしまっているかを書いている側は知らないのかもしれないが、IT関連の事故を起こしてしまった当事者に、「政府でも事故は前提としているような世の中だから・・・」の言い訳にされているのが実情だ。
事故の発生を前提としているのではなく、それを想定した上で、事故への備えをすることを前提としなければならない。ということが言葉だけからわかるようにしなければ、かえって逆効果なのである。

いくら、訴えたいことの趣旨(事故の発生の前提ではなく備えの前提を期待)を、基本計画の文章で丁寧に繰り返して説明している。としても、言葉というのはそれだけで独り歩きする方が、人の目につきやすい。
言葉を耳にしたすべての人が、基本計画を読んでくれると思うのは、あまり現実的ではない。
キャッチコピーになるような言葉は、それが言葉だけで独り歩きすることを「想定」しないといけない。

そのことは以前、「性善説を前提にして性悪説を想定する」でも紹介したとおりだ。

日本人なのだから、日本語は丁寧に使うようにしなければいけない。

9月 10, 2008 |

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